生きる限り、断捨離の繰り返し

投稿者: | 2016年8月5日

大抵のブームはとりあえず疑う習慣のある私。

断捨離もご多分に漏れず、「捨てることで幸せになれるくらいならそんなに楽なことはない」と斜に構えていました。

が、現実に、どんどん物が増えて行く日常。

使いたい時に使いたい物が見つからない。いつも何かしら探している気がする。すごく疲れる。

それを自覚した時、ついに断捨離に挑戦することとなったのです。

まず、服を捨てました。

とりあえず春夏秋冬、シーズンを問わず全ての服をクローゼットから引きずり出し、特に吟味などせず直感でどんどんゴミ袋に詰め込みました。

そのうち脳内に妙な物質が分泌でもされたのか、「もっと捨てたい」という衝動に駆られて、捨てるつもりのなかったものまでゴミと判断。

かなりの量の服を捨てたはずです。

それが、何故でしょう。

1年後にはまた服が溜まっていました。

迷った挙げ句、今度はネットの業者に買い取ってもらうことに。

これは手続きがとても簡単で、思い立ってからわずか5日ほどで査定額が付きました。

約8千円。

段ボール3箱分で、このお値段。

ショックでした。私の予想の半額以下。

しかし、そこでふと思い出したのです。

「捨てる時にまで得をしようと考えるようでは、また買う羽目になるだろう」

断捨離に関するブログか何か、どこかで読んだこの一文。まさに名言です。

断捨離の方法として物を売ることは間違いではないのでしょう。

ただ、そこに「儲けたい」という欲が混じると、断捨離の精神からはかけ離れてしまうのではないでしょうか。

断捨離に関する本などをちゃんと読んだことはありませんが、そう思えてなりません。

物欲からの解放は実に奥深い。しみじみと痛感しながら、8千円を受け取りました。

あれから3年。

定期的に物を処分しています。

一番多いのは、やはり服。次にこまごまとした雑貨類。本。雑誌の付録などなど。

方法としては捨てたり売ったり、友人に譲ったりと、様々です。

断捨離らしきことを繰り返すこの現状は、果たして断捨離の精神にかなっているのだろうか?という疑問もあります。

そもそもは捨てるべきものを買わないことが大事なのでしょう。

しかし、なかなか無欲になれないのが人間の性というもの。

それでも、何かを買う時にちょっとは考えるようになりました。

たとえば10年単位でこれを使えるか。

それだけの価値が本当にあるのか。

この冷静な思考がうまく働けば、ほとんどの場合は買わずに済みます。

勝率は50パーセントといったところでしょうか。

「10年後より今が大事!」

そんなどうしようもない熱のない人生というのも、何だかなあ、といまだに納得しきれていない現実。

何とかして悟りを開き、物欲から解放されたいものです。

本当に捨てたいものは未熟な自分。一生かかりそうで、そう考えると何となくわくわくしてしまいます。